『100年読み継がれる名作』というシリーズの一冊のようです。
教科書にもあったと記憶している名作も入っていて、懐かしい。
ぜんぶで10篇の短編があるが、目次には、各編のあらすじが4~6行ほどあって導入にはいいかもしれない。
挿絵が単色ながらこれもいい。何がいいって、まぁ、ググってご覧ください。福田利之さんです。
考えてみたら、芥川賞という名前だけはかなり知れ渡っているけど、ほとんど読んでいなかった。
『100年読み継がれる名作』というシリーズの一冊のようです。
教科書にもあったと記憶している名作も入っていて、懐かしい。
ぜんぶで10篇の短編があるが、目次には、各編のあらすじが4~6行ほどあって導入にはいいかもしれない。
挿絵が単色ながらこれもいい。何がいいって、まぁ、ググってご覧ください。福田利之さんです。
考えてみたら、芥川賞という名前だけはかなり知れ渡っているけど、ほとんど読んでいなかった。
これは、ビジュアル的にもとても役立つ本です。
JAの広報部がSNSに投稿された、とくに野菜の料理の方法をまとめたものらしいのです。
本のタイトルできになっているのが・・・
ということなんですが、広報部という部所名に「さん」がついているのですね。
このところ、気になっているのが、この「さん」なんです。
まぁ、企業としてお付き合いがあるのでしたら、仕方ないのかなと思うのですが、この場合いかがでしょうね。
本の奥付をみると、監修:JA全農広報部とあるのです。
え?
発行している関係者が自分の部所に「さん」をつけているのね。
まぁ、それはともかく、面白い本です。
白菜ステーキ なんていう大胆不敵な料理も載っています。写真付きで。これは、いつかやってみようと想います。
田辺聖子さんのエッセイをまとめたものです。それも、食べることに関するものです。
すでに2019年に亡くなっていらっしゃいますが、いまもとっても楽しめるエッセイです。
さまざまな雑誌などに収録されているものを集めたかとおもったら、なんと、初収録のものがあるんです。
そのうちのひとつが、とても愉快です。
「献立メモと買物の記録」
これがいいんです。
克明に記録されています。
注意書きがあって、
使用済み原稿用紙の裏に・・・記録されている。・・・筆跡が二種類あり、著者と買物を任せていた「家政婦さん」によるものか。末尾の数字は金額を示す。
とあるんです。
昭和49年6月から8月にかけての記録です。
当時の物価もわかりますね。
メニューは、大人用と子ども用にちゃんと分けてあるのも、すごいですね、
ぜひ、参考にしたいものです。
新刊書の棚でみつけました。
どうも、子ども用の棚と大人用の棚の間にあるような本です。
ちょっと見た目には、絵本ですが、文字は小さく、漢字だっていっぱいあります。
リネアという名の少女と上の階に住んでいるブルームさんというもと庭師のおじさん? いえ、引退しているからおじいさんでしょうか。その二人が、モネの家と庭を訪ねるストーリーです。
細かく書くと、もう、ネタバレになってしまいそうなので、詳細は控えますが・・・、と書くと、なんだか、政治家の答弁のようになりそうです。困ったものです。
素敵な一冊です。
モネの、ある対象を描いた4枚の絵をみると、涙が出てきてしまいそうです。
さいごに、ふたりが、途中で買ったバケットやチーズ、そしてワインなどをひろげてピクニックになりますが、それも、いいんです。
モネはどうも苦手のようですが、ブルームさんは、山羊のチーズが好きのようで、これも、うれしくなりました。山羊のチーズは、大好きなんです。
パリに行きたくなりました。
ジャーナリストとして、事実を積み重ねた一冊は、とても重い。
かつて、私は、そう、もう40年も昔むかし、いや、もっとはっきり言えば、45年も前。東京大学の本郷に、いやもっと正確に言えば、文京区弥生にある農学部に進学した。
その頃の東大は、ほとんどの学部で、日本共産党系の民青(日本民主青年同盟)が学生自治会を握っていた。一部、医学部・文学部が別だったが、農学部も三学部共闘することとなった。その経緯については、書きたいことがたくさんあるがここでは、話がそれまくるのでやめます。
学生自治会の選挙の時、風の便りに、勝共連合が推す候補が立候補していると聞こえてきた…。
当時、本郷キャンパスでは、学生に話し込んでいる姿を見ることがあった。
それが、いわゆる統一教会のオルグだと、これも聞こえてきた・・
その団体の事務所が、本郷通り、赤門前あたりに事務所があるとも、これも聞こえてきたが、確かめていない。
さらに、教授たちにも触手をのばしているとも、政界ともつながりがあるとも、聞こえてきた。
今思えば、あの団体が、ここもまで国会議員に食い込んでいるのかと、驚くばかりだ。
ジャーナリスト渾身のレポート。
巻末の現職国会議員168人のリストは、よくぞここまでまとめ上げたという、圧巻のリストだ。
本文も詳細な事実のリポートが積み重ねられている。
これぞ、ジャーナリストの仕事といえるでしょう。
ここまで食い込んできたのかと驚くばかりだ。
悲痛な叫びのようなタイトルです。その気持ちは、とってもよくわかります。
著者は、大分県に生まれ、学生時代は山岳部、そして現在は、長野県南アルプス赤石岳のふもと大鹿村に住んでいるといいます。
本書の中では、おもに
ニホンオオカミ、ニホンカワウソ、九州のツキノワグマ
といういわゆる『絶滅した』とされる幻の動物を追う。
まぼろし動物探索隊、みたいな拍子です。
じつは、わたし、学生時代、ニホンオオカミの痕跡をたずねて、奈良・和歌山あたりの大台山中をひとりで歩いたことがありました。野宿もし、お寺の宿坊にも一泊しました。
あのときのお弁当。衝撃的だったなあ。
朝、出発の時に持たせてもらったのが、日の丸弁当に、きゃらぶき。これがおいしかった。
そもそも、なぜ、ニホンオオカミに憧れをもったかというと、国立科学博物館と、東大農学部の博物館でニホンオオカミの剥製を目にしたのでした。
しかし、どうも、情けない剥製で。オオカミならもっと凛々しいはずと思っていたら、秩父の三峰神社の狛犬がなんとニホンオオカミらしいということを読んだのでした。
秩父といえば、東大農学部林学科の演習林があり、そこに夏の2週間ほどを実習として行ったという経緯もあり、勝手ながら身近に感じてもいました。
そんな絶滅したであろうニホンオオカミについての、楽しそうなこの本。
ちょっとややこしいけど、なかなか楽しい本です。
絶滅したであろう動物をめぐって右往左往する人間たちの様子が楽しいのです。
夢のある本でもあります。
こういう植物や動物の一生とか、食物連鎖のお話とか、わりと目にします。
今回も、同じかなと思ったら、かえでの葉っぱがいろんな冒険をするのは予想がついたけれど、少年と最初に会い、最後にやっぱりその少年と会って、その話をするのが、新鮮です。
作家は画家でもあるチェコの方。
画家は出久根育。
畑で少年がたき火をしていて、なんと、じゃがいもを焼いている場に、かえでの葉っぱが再登場するのです。
しかも、葉脈だけになった葉っぱが、たき火の火で、赤い格子もようになるというのです。
燃え尽きちゃうだ。
ちょっと、驚きました。
え?
主人公が燃えちゃう。
その、燃え尽きる前に、少年に一生懸命に話しかけるんです。
旅の話をする約束をしていたからね。
このあとは、まぁ、読んでください。
それにしても、こんなに素敵なたき火の絵って、いいですね。
たき火好きには、ズーンと響いてきます。
スティーブン・キングといえば、「キャリー」、「シャイニング」いえいえ、「スタンバイミー」
映画大好きでした。
原作も、最近はとんとご無沙汰でしたが、20年前ぐらいでしょうか、好きでした。
それが、そんなわけで、この図書館で借りた本のブログ、ずっとおやすみ状態ということでした。
図書館の外国文学のところで、つい、上下巻の一巻を手にとって、読み始めちゃったのです。
まずは、後で知ったのですが、三部作の2番め、「ファインダーズ・キーパーズ」
これが、面白いんです。
ちょっと、スタンバイミー的な少年のお話から始まるのです。
少年トランクを見つけるんですが、そこには、大金とある作家の未発表の作品が記された大量のノートが入っていたということなんです。
とうぜん、それを隠した人間がいるわけで、そこからスリルとサスペンスが始まるというわけです。
かなりの恐怖もね。
で、これが終わってから、やはり、三部作シリーズの最初。
「ミスター・メルセデス」の上巻に入りました。
もう、こうなると、探偵ものに、キング独自の不気味さが加味されてくるわけです。
ということで、発端がわかってくるわけです。
現在は、三部作のみっつめに入っています。
「任務の終わり」
ちょっとばかり、疲れてきました・・
ということで、今回は、ネタバレになりそうなので、こんなところです。
さまざまなシチュエーションにおいて、報道各社にプレスリリースを出すとしたら・・
そんな設定で書かれた、いわば ハウツーものとでもいいましょうか。
きっと、多くの企業だけでなく、じつは地方自治体の広報担当者にとって参考になるのではと、そんな気がしないではありません。
この、タイトル、幕末ってことでいうと、大政奉還のプレスリリースってのが入り口になっていたはずでしょうが、島根県、出雲市にいる私としては、後半の・・
ヤマタノオロチ伝説でリリースの書き方を復習
このセクションがとっても気になりました。
ちょうどいま、参議院議員選挙が始まりましたが、ある候補者は、地方創生とか地方活性化ってのをぶち上げていたようです。
そんなとき、このセクションが役立つこと、うけあいです。
ところで、このセクションの最後、気になる一文があります。ほんとうに、気になります。
ネタバレになりそうですので、ここにはあえて書きませんが、ぜひ、図書館で借りるとか書店で手に取るとかして、ご一読を。
タイトルをみると、深刻だし、ちょっと表紙を開きたくなくなるような気がしませんか?
最近の言葉でいうと、開きたくなくなくない? なんちゃって。
それはともかく、東京の文京区にすんでいたころは、小石川の青少年育成にかかわる団体に参加していて、毎年きまったようにイベントに関わった経験があります。
そんなとき思ったのは、「反省会」の必要性だったと思います。
こちらに来ても、あるNPO法人でイベントに参加したときも、必要だなあと思ったのが、反省会。
最近のことばでいうと、ふりかえりってやつかな。
ただ。
気になるのは、反省会をやることはやるんですが、それが次年度にいかされるかというと、そのあたりに疑問符がついたような気がしなくもないのです。
例年、同じでいいってことなんでしょうか。
表紙も、その色合いも、渋いでしょ。
そこでこの本ですが、これは、言ってみれば、振り返りでしょう。
所出は、文藝春秋とか毎日新聞などですが、加筆されています。
つまり、振り返りですね。
私もそうですが、報道された直後って、かなり関心はあっても、数ヶ月もすると、忘れちゃう、さらに悪いことには、それに関した記事が出ても、もう読まなくなることがあります。
「もう、おなかいっぱい」
それでいいのだろうか。いいわけないよね。
毎回毎回、政治家が失言するけど、毎回毎回、それをゆるして、何回目かになると、「満腹状態」で追及する気も失せるなんて。
この本には、いろいろな事件についての考察がありますが、第5章の政治の言語崩壊・時々刻々 ここが面白いですね。
このあたりとくに、振り返り、その本質について考えてみたいと思いました。